お別れ会には本当に大勢のみなさんが集まってくれました。敬子の幼馴染み、高校、大学時代からの仲間たち、会社勤めの頃の上司や同僚、保育園の、幼稚園の、小学校の、色々なサークルの友人そして子どもたち、ご近所のみなさん、沙羅や葉奈のことを憶えていてくれて商店街の八百文さんまで。そして彼女を良く知る僕の古くからの仲間たち、友人たち、バンド仲間、会社勤めをしていた頃の上司、同僚たち、草野球チームの仲間たち、仕事仲間、クライアントのみなさん、家族ともども可愛がってくれたお店のご主人たちもご夫婦で。家族でお世話になった彼女の大学の大先輩も。多くの電報も届きました。多くの花も届きました。予想をはるかに上回り、集まっていただいたみなさんは両日で600人近くに上りました。数日後、遠くにいて来れなかったというメールも届きました。ブラジルから、ドイツから。盛大に、晴れやかに送ってあげたいと思っていた僕の望みはこんなにも多くのみなさんによって実現出来ました。彼女もきっと驚いたでしょう。そしてとても喜んでくれたでしょう。
集まってくれた中には、大学を卒業して以来会っていない友人もいました。彼女が再び引き会わせてくれたのだと思いました。集まってくれたみんな彼女に起こってしまったことに驚き、残念だ、気を落とすなと励ましてくれましたが、「ぶるちゃんって、向日葵が好きだったんだ。知らなかった。でも確かに似合ってるよ。」「大好きな歌が流れてて、きっとぶるも嬉しいと思うよ。」「こんな送り方もあるんだなって思ったよ。感心した。」と、彼女らしいお別れ会になったと言ってくれました。
彼女がまだ闘病中、ご近所の神武(コウタケ)さんのお宅にみなさんが集まってパーティーをしたことがありました。うろたえてすっかり気弱になっていた僕を元気づけるために招いてくれたのでした。その時神武さんがこんなことを言っているのを思い出しました。「敬子さんはさ、いつもいろんな人たちの真ん中にいるのよ。そんな気がする。お互いなかなか話せないでいた人も彼女がいることで打ち解けて友だちになっちゃう。そんな感じなのよね。」確かにそうかも知れないと思いました。
お別れ会はまさにそんな彼女を表していました。共通の友人が多かったのですが、初めてお目にかかる方もとても多く、彼女が本当に多くのみなさんと交流していたことに驚き、感じ入りました。
彼女はまさに「人と人を繋ぐ人」だったのだと。そんな彼女のおかげで、僕も色々な方と巡り会えたのだと。
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