2005年09月11日

My Dear Keiko

from My Dear Keiko/ホーム・アゲイン。

 その後間もなく、敬子は病院の地下1階にある安置室に運ばれました。その間病室の後片付け、退院の手続きなども矢継ぎ早に済ませました。彼女を送るために早速葬儀にことを考えなければならず、病院から紹介された葬儀社の方と打ち合わせをして取りあえず日取りを決めました。いよいよ病院を出る時刻。中村先生をはじめ、色々彼女の世話をしてくれた看護婦さんたちも数人お別れに集まってくれました。改めて「ありがとうございました。」とお礼を言って病院を後にしました。外に出ると午後の強い陽射しが眩しく、汗ばむほどの陽気でした。
 それから20分ほど。午後2時を少し回った頃、199日振りに彼女は家に戻りました。無言の帰宅になってしまったことはとても残念でしたが、家族の元へ。帰りたがっていた僕たちの家に。
 床を取り、慎重にドライアイスを配して、彼女は横になりました。「お帰り、敬子。ママ。」そう声をかけて彼女の顔を見ました。本当に安らかな顔をしているので驚きました。「いい顔になったわね。本当に家に帰りたかったのね。」とお母さんが言いました。僕は特別信心深い訳でもなく、そんなことをすぐ信じる訳でもない極めて現実的なタイプだと思っていました。でもその時は心からそう思いました。確かに微笑んでいるように見えるのです。改めて、彼女はこの198日間、何も語ることはなかったけれど必死に病と闘っていたのだと。そして今その闘いから解放されて家に戻り、心から安心しているのだと。確かに身体は冷たくなりました。でも身体中にあった緊張は解け、不思議なことに床ずれの鬱血や首や顎にかけての発疹も薄れてほとんどんなくなっていました。その晩家を訪れてくれたご近所のみなさんや、大学時代のバンド仲間も、「きれいないい顔してる。」と言ってくれました。ギターを引っ張り出して、みんなで彼女が好きだった曲を思いつくままに演奏しました。病室にいる時味わっただろう寂しさを紛らわすために。元気だった頃はごく当たり前だった、賑やかで楽しい気分を想い出してもらうために。
 夜も更けて。みなさんも帰り、沙羅も葉奈も眠って、2人だけになりました。「お帰り、敬子。ママ。」もう一度そう声をかけました。しばらく顔を見ていました。「ただいま、ダダ。」と言っているようでした。いつもベッドで見ていた寝顔のように安らかでした。キスしました。
 そしてまたギターを手に取り、彼女とデュエットした曲を歌いました。
 その時のことを想い出しながら。心を込めて。彼女だけのために。

at 20:57 | Category : My Dear Keiko | Comments [0] | TB [0]
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