その日とても早く目覚めました。沙羅と葉奈を送り出し、早めに家を出ました。病室に着くとすぐ「おはよう、敬子、ママ。気分はどう。」と声をかけました。脈拍90。血圧61-36。血圧が低くなっているのが気にかかりましたが、その頃毎日していた通り、大好きなキャロル・キングのCDをかけ、顔や手足を拭いてから、髪の毛を梳かそうとした時のことでした。手術をした部位とは関係のない左後頭部にひどい鬱血があるのに気づきました。こんな所に床ずれが?と不思議に思い、ちょうど朝のお世話に来てくれていた看護婦さんにそのことを伝えました。看護婦さんも気づいていなかったようで、「頻繁に頭の位置は変えていましたから、床ずれではないと思います。もしかすると化膿しているかも知れません。すぐ先生と相談して処置してもらうようにしますので、少し外でお待ちいただけますか。」と言って先生と連絡を取り、処置の準備を始めてくれました。その間、病室を出て、待ち合いスペースにいた時でした。何人かの看護婦さんや先生がバタバタと忙しく走り始めていました。「どうしたんだろう。」と思っていたら、「柴田さん!病室に戻ってください!」と看護婦さんの呼ぶ声がして、すぐ病室に戻りました。
驚きました。ほんの15分ぐらいしか経っていないのに、確かに低いのは気になってはいましたが、血圧を示す計測器のデジタル数字がどんどん下がり、上下とも「0(ゼロ)」になろうとしていました。脈拍も急激に下がり始め「13」。血圧はほどなくともに「0(ゼロ)」になってしまいました。本当に突然に彼女の心臓が停止したのでした。駆けつけてくれた中村先生も様子を見守っていましたが、「このまま、人工呼吸器をつけたままにして置きますと、肋骨が折れてしまうかも知れません。はずしてもよろしいですか。」と言いました。涙と嗚咽が止まらず、胸が詰まり、すぐには声が出て来ませんでした。「お願いします。」そう言うのが精一杯でした。人工呼吸器がはずされました。中村先生が彼女の右の手首に手を当て、脈を確認しました。そして「誠に残念ですが、ご臨終です。」と言いました。ほんの短い間の出来事だったのかも知れませんが、長く本当に長く感じられました。
ついにその刻が来てしまいました。彼女の「生きる力」の終わりはあまりに突然に、あまりに呆気なく。いつかその刻はやって来る。僕に出来ることは最後までしっかり見守ることなのだ。そう覚悟はしていたはずなのに、すぐには信じられず、悲しくて涙が止まりませんでした。
彼女の手を握り、額にキスしました。まだ温もりが残っていました。
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