2005年09月11日

My Dear Keiko

from My Dear Keiko/怖れ。(抜粋)

 僕の父は、東京は月島の生まれ。しかし沙羅ぐらいの年頃、12歳の時に両親を相次いで病気で亡くしました。遠縁を頼って妹と2人で福島県郡山市へ。預かって育ててくれた家がお蕎麦屋さんだったこともあり、以来その道に。20歳を過ぎた頃たった1度近くの飲み屋に繰り出して、ほろ酔いの父から小さい頃の夢は先生になることだったと聞いた憶えがあります。肉親を失った寂しさに耐え、やがて結婚し独立して、母と2人苦労して僕たちを育て上げてくれました。そんな生い立ちの父の資質を僕も知らず知らずのうちに受け継いだのかも知れません。独りであることに強いという或いは耐えて来たという資質。敬子もそれに似たものを僕と沙羅の中に見ていました。
 彼女の呼吸が停止してから1週間余りが過ぎていました。呼吸が停止したと聞かされて、いよいよその刻が来たのかと覚悟しました。しかしそこから彼女はまたも盛り返しました。
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 毎日病院に詰めて、彼女の様子を見守りながら、色々な想いが過ぎりました。そしてその頃僕の心をずっと占めていた想いのことを考えました。それは怖れでした。彼女がいなくなってしまう、彼女を失ってしまうことへの。それが今避けられない現実となってしまう刻が容赦なく近づいているのでした。
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 彼女と知り合って得たことはたくさんありましたが、一番はどこかいつも孤独であることを感じて生きていた僕を癒やしてくれたことでした。独りに強いことと、独りが好きなこととは全く別なのだということを教えてくれたのでした。
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 10年ほど前母が病に倒れ、かろうじて一命は取り止めましたが、右半身麻痺と言語障害が残りました。その時きっと父が感じたであろう苦しさ、辛さ、無念を今度はこの僕が。これも不思議な巡り合わせなのだろうかとも思いました。そして多くを語ることのなかった父のこれまでの生き方が少し解ったような気もしました。
 「敬子、ママ。怖いよ。すごく。ママがいなくなったら僕はどうすればいいのか解らないよ。」
 人工呼吸器の規則的な音がひときわ大きく響いているようでした。

at 13:03 | Category : My Dear Keiko | Comments [0] | TB [0]
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