敬子が病に倒れてから半年。中村先生から言われていた余命の最初の関門の日。熱がまたかなり上がり出していました。顔中に汗が玉のように噴き出していました。貌つきもいよいよ変わって来ていました。蒼ざめた顔色、朦朧として虚ろな眼差し、半ば開かれたままの口、喘ぐような荒い息遣い。「生きる力」を振り絞っているようでした。その頃はずっと熱が高く、時には38℃を越えてしまう日もあってか、ほとんど目を閉じていて、開けても生気がなくなって来ているような気がしていました。
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病院から帰ると、電話が鳴りました。彼女に何かが起こったかと思って慌てて受話器を取りました。家族で可愛がってもらっているコーヒー豆の自家焙煎のお店「ビーンズ」のご主人橋倉さんからでした。「柴田さんですか。すみません、遅くなっちゃいましたけど、家内が折っていた千羽鶴が出来上がりまして。いつでもお渡し出来ますから。」「ありがとうございます。お気遣いいただいて。すぐ取りに伺います。」受話器を置いてすぐ、お店に向かいました。そして奥さんから千羽鶴を手渡されました。「すみません。こんなにご心配していただいて。」「そんなこと気にしないでください。こちらもお力になれなくて。」色とりどりの小さな折り鶴が丹念に繋がれて、お二人の心遣いに溢れた素敵な千羽鶴でした。そしてこんな言葉が書き添えてありました。「(サラちゃん、ハナちゃんの)ママへ。1日も早く快復出来ますように祈っております。」
涙が溢れて来ました。彼女が快復することはもうかなり厳しくなってしまったけれど、本当に色々な方が彼女のことを気遣ってくれている。彼女が元気だった頃には気にかけることもなかった人のさりげない優しさや温もりがこんなにも心に沁み入る強さを持っていることを改めて知りました。明くる日。早速病室に千羽鶴を持って行き、薬剤がぶら下がっている器具の所に飾りました。「敬子、ママ。ビーンズの奥さんがずっと折り続けてくれた千羽鶴だよ。すごく心配してくれてる。」彼女は目を大きく見開き、何かを言いたそうでした。「辛い」と言っているのか、「生きたい」と言っているのか。呼吸は少し荒い感じはしましたが、触れると熱は落ち着いて来ているようでした。
しかし、急変はまさに突然訪れたのでした。
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