敬子を痛みや辛さや寂しさから早く解放してあげたい。それはつまり彼女の死を望むことになる。今僕が彼女に対して抱く思いは、そういうことではないか。精一杯毎日を生きる彼女なのに、そんなことを考えるのはあまりに無慈悲なことではないか。自分で考えることが自分でも良く解らなくなっていました。そんな迷いを少しでも晴らすためにまた色々ホームページを検索しました。こんなことを書いてあるホームページがありました。
「『尊厳ある死』(Death with Dignityー本来の意味での尊厳死)とは、人間としての尊厳を保って死にいたること、つまり、単に「生きた物」としてではなく、「人間として」遇されて「人間として」死に至ること、ないしそのようにして達成された死を指す。」
余命宣告を受けた今、彼女が意に反した死に至ることは避けることが出来ない。そんな過酷な現実を前に、意識の戻らないでままでいる彼女に代わって僕が選んだ途は、彼女を「人間として」遇した、彼女らしさを全う出来るものになるだろうか。またそのことが過ぎりました。
彼女は「生きる力」だけで色々な困難と闘っていました。依然として手術をした部分の膨れも、腫瘍も進行していました。貌つきも変わり、元気でいた頃の彼女の面影は日ごと薄れていました。そんな彼女を傍で見守っていて、これが本当に彼女らしい生き方なのかと思いました。自分の痛み、辛さ、寂しさを言葉に出来ないままで日々を生きることが。延命を続ける毎日が。そのホームページにはこうも書かれていました。
「安楽死の定義『苦しい生ないし意味のない生から患者を解放するという目的のもとに意図的に達成された死、ないしその目的を達成するために意図的に行われる「死なせる行為』」
彼女を哀れみ、毎日がもはや意味のないものだと断じて、病気との闘いから解放してあげたいと思うことは、結局安楽死を望んでいるのであって、彼女を彼女の生き方を尊重することにはならないのか、良く判りませんでした。
その日の彼女は熱があり、左の脇の下に氷枕を抱えていました。左目を薄く開け、右目は閉じたままでした。右目の端にやはり涙が溜まっていました。啖がまた溜まり始めたらしく、咽喉がゴロゴロと音を立てていました。
僕はその日もまた、「ママ、また明日ね。」と声をかけて病室を出ました。
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