2005年09月10日

My Dear Keiko

from My Dear Keiko/痛み。(抜粋)

 痛みは定量化することが出来ないものなのだそうです。確かに感じ方に個人差もあるでしょうし、肉体的な痛みもあれば、こころの痛みというのもある。何よりどちらも本人にしか正確には解らないものですから当然なのかも知れませんが。急変の可能性あ高まったと告げられてから、1ヶ月余り。敬子の容態は安定していました。
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 ふと思いました。彼女は今どんな痛みを感じているのだろうか、と。ほとんど身体を動かすこともなく、眠ったようなのですが、啖が溜まり、それを看護婦さんに引いてもらう時は、苦しそうに身体を震わせ、閉じていた目を大きく見開きます。その瞬間はとても辛く、痛いのだろうと思います。傍で見ていて、毎回辛い気持ちになりました。しかし、その痛みや辛さがどれほどのものかを彼女と同じように感じることは出来ない。身体を動かすことのない彼女があれだけ身体を震わせるのだからきっと痛くて辛いのだろうと推測することしか出来ない。そんなもどかしさが募りました。
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 彼女は確実に痛みを感じている。しかしそれを言葉に出来ない。面会に行く度、彼女の髪を梳かし、顔や身体を拭いてあげると、いつも閉じた目の端に涙が溜まっていました。それは彼女の痛みの現われなのだと思うようになりました。何ヶ月か前、まだ彼女が目を開けるのを待っていた頃、僕は、彼女には「もっともっと生きたい。だから頑張ってるのよ。」と訴えているんだという想いと「とても辛い。すごく苦しい。」と病気と闘う苦しさを訴えているんだという想いが交錯していると思っていました。しかしそれからもすでに4ヶ月余り。彼女はどんな風に思っているのだろうかと考えることが多くなりました。病気との闘いを言葉に出来ず、病室のベッドで独りで過ごす日々。きっと寂しさも日ごと強くなっている。もしかすると、今は痛みや辛さや寂しさが勝っているのではないだろうかと。
 彼女を痛みや辛さや寂しさから早く解放してあげたい、と思うようになっていました。

at 22:23 | Category : My Dear Keiko | Comments [0] | TB [0]
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