いつものように夕食を終え、お風呂から上がり、娘たちの髪を乾かしてあげている時にテレビを点けたらニュースが東京に春一番が吹いたと告げていました。明日はまた寒さが戻るということでしたが、これでいよいよ、いつもより寒さが堪えた冬が終わろうとしていました。その日は、秋田から大学時代のバンド仲間、大塚香織さんがお見舞いに来てくれました。先日も来てくれた澤村さんと一緒に。彼女に会うのは本当に久し振りのようでした。
敬子は、全体として容態は安定しているようでしたが、少し気になることもありました。それはその2、3日、顔がむくんで来ているように見えたこと、そして目を閉じていることがとても多くなっていたことでした。
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「ママ、敬子。香織ちゃんが来てくれたよ。メイちゃんも一緒だよ。」「ぶる。香織です。会いに来たわ。」「メイです。また来たよ。」代わる代わる声をかけました。ほんのわずか目を開けましたが、ほとんど閉じたままでした。額に触って見ると、熱は前日よりは下がっているようでしたが、頭の膨れと併せて、顔全体がむくんでいて、特に目の周りが腫れぼったい感じがしました。貌つきがだいぶ変わって見えました。
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腫瘍から再び出血し、急変の可能性が高まったと告げられてからの彼女の頑張りは本当に素晴らしいものでした。緊急手術をしなければならなかった前回よりも出血は大きかったのに、それを乗り越えて毎日を精一杯生きていました。しかし、傍にいて彼女の中にある「生きる力」の強さも徐々に弱まって来たかも知れないと感じました。考えて見れば、当然です。再手術も、放射線治療も、抗がん剤治療も行なわないと決め、彼女は「生きる力」だけで色々な困難と闘っていたのですから。延命治療に終始することは、もはや彼女のためにはならない。彼女は彼女らしく頑張って生きた。その彼女らしさを全うするのは、彼女の「生きる力」で全うすることなのだと思いたいのでした。
再び意識障害が強まり、彼女はその目を閉じてしまうかも知れない。覚悟はしても、そんな彼女を見守るのはやはり辛く、悲しい。でももう、それは残酷なことではなく、彼女を、彼女の生き方を尊敬する選択をしたのだ、と思いたいのでした。
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